「現在は物質的な豊かさよりも精神的な豊かさが求められる時代だ」という。

 

半分はそうだと思うが、半分は違うと思う。

 

確かに、現在は精神的な豊かさが強く求められてはいるが、物質的な豊かさと精神的な豊かさは相反するものではない。

より多くの人は、「物質的な豊かさを否定した上での精神的な豊かさ」を求めている訳ではないだろう。

物質的な豊かさが当たり前となった現在は、
「モノはなんでもある。その上でどう暮らせば幸せに生きられるのか?」
という問いの答えを、皆が探しあぐねている時代だと思う。

 

みんな幸せに生きたい。

みんな生き生きと、自分らしく、日々を暮らしたいのだ。

 

しかし、なんとはなしにそれが叶いにくい時代だ。

 

そこで
「幸せとはなにか?」
と大きな問いを立ててみても、
「どう暮らせば幸せに生きられるのか?」
という問いへの具体的な答えは出てこないだろう。

 

ならば、生き生きと、自分らしく、日々を生きている人の話を聞いてみようではないか。

 

東京から四国・新居浜へと移住し、生き生きと自分らしく、しこくらいふを満喫している髙坂類さんが、移住や新居浜での生活について語るイベントに参加してきた。

 

 

クリエイティブチーム hink DESIGN 代表・当メディア、しこくらいふの編集長・にいはまスパイスガールズ主宰…と様々な肩書きを持つ髙坂類さんは、2012年に東京から四国・新居浜へと移住した移住者だ。

 

私が髙坂さんに対して最初に感じたのは、「都会的なのに新居浜で楽しそうなことをしている人だ。」というある種の意外さだった。

どこか、「楽しいことや面白いことは都会でしかできない。」という思い込みがあったせいだろう。

しかし、髙坂さんは都会の雰囲気を身にまといつつ、お世辞にも都会とは言えない四国・新居浜でしっかりと根を張り、いきいきと自分らしく生きている。

 

髙坂さんが選んだ“移住”という選択、そして四国・新居浜での暮らしについての話を聞きながら、「モノはなんでもある。その上で、どう暮らせば幸せに生きられるのか?」という問いへのヒントを探っていこう。

 


 

 東京での暮らしと“移住”という選択

 

― (司会)2012年に東京から新居浜に移ってこられたという事ですが、移住に至った経緯を教えて頂ければと思います。

 

私は1983年新潟県で生まれました。雪深い上越地方で生まれ、小中高と新潟で暮らし、大学の進学で上京しました。
大学卒業後、広告関係の仕事について、そこで新居浜出身の方と出会って結婚したのが新居浜とのご縁の始まりです。

 

結婚後も東京に住むつもりだったんですが、第1子を妊娠中に東日本大震災があったこと、お互いの実家が遠く、東京での子育てに不安があったこと、仕事のことでも色々悩んでいたことが重なり、移住を決めました。

新潟より愛媛の方が家族や親せきが多いので、子育てするには愛媛の方がいいかな、と。

 

あまり深くは考えずに、夫の「行った方がいい、多分。」という一声で移住を決めたので、いわゆる“移住者”というものではないのかな、と思っているんですが。
移住者というと、「田舎暮らしをしたい!」とか、「移住をしよう!」という感じで移住をする方のことを指すと思うんですけど、私は自然に移住したというか…。
あまり「どこに移住するか?」という事や仕事のことを考えたりせずに「えいや!」で移住してしまったので、あまり一般的な移住者という感じではないですね。

 

 

― (司会)僕も実は新居浜生まれではなく、岡山生まれ岡山育ちで、新居浜で働く前は鳥取で働いていたんですが、東日本大震災を機に鳥取に移住してこられた方も多かったです。被災地の近くに住んでいた方にとっては、東日本大震災というのは色々考えさせられるきっかけだったのかな、と思いますが、その辺りはどうですか?

 

そうですね。人それぞれ考えや感じ方はあると思うのですが…。

東京にいて、震災があって、放射能のことを考えたりした時に、妊娠していたこともあって、とても怖くて。
食べるもののことを考えると、「東京にはいられないな…。」という思いがありました。
やっぱり、移住を決める上でそれは大きな要因だったと思います。

 

 

― (司会)東京では広告制作会社にお勤めだったという事ですが、どういう風な生活サイクルでしたか?新居浜での暮らしとは違う部分も色々あったと思いますが。

 

私はあまりしっかりした社会生活を送っていたとは言えないような人間なので(笑)、「東京ではこういう生活サイクルでした!」というのは難しいのですが…。

もともと広告の業界に入ったのも、大学の時に広告制作会社でお手伝いをしていて、その流れで広告制作の会社に就職して、その後はリクルートの制作会社に入って、「リクナビ」という求人広告の校正・校閲(原稿の表現をチェックする仕事)をしていました。

 

リクルートの制作会社は仕事が終わるのが遅いことが多かったので、朝9時くらいに行って、夜10時くらいに帰ることも結構ありましたね。

 

でも、生活のハードさで言えば、新居浜に来て自営の仕事を始めてからの方がよりハードかもしれない。
ありがたいことに忙しいことが多いので。忙しい時はノートパソコンを抱えて仕事をしながら子供を見ていたり(笑)。

 

 

― (司会)今年のお正月に、香川県にお住いのアーティストの方をあかがねミュージアムのトークイベントにお呼びしたんです。
その方は香川にお住まいなんですが、東京を中心に活躍されている方だったので、「東京に住んだ方が仕事がやりやすくないですか?」と質問したんですね。
そしたらその方は「東京は色々なアート活動に触れるにはいい環境だけど、アートを生み出す環境としては良くない気がしたから香川でやっているんだ。」とおっしゃっていて。
髙坂さんは移住後の今もクリエイティブな活動をされていますが、クリエイティビティの発揮という点で、愛媛・新居浜をどう思われていますか?

 

そういう意味では愛媛は最高です。

 

私は新潟から早く出たくて、東京に出たので、新居浜に移住してくるまではすごく東京での暮らしに固執していたんですね。
でも、もともと田舎の人間であることもあって、ちょっと無理していたような所もあって…。心身ともに不健康だったというか。都会のきらびやかな生活を楽しいと思いながらも、「う~ん…。」ということが多くて。

そういうしんどさを「いや!大丈夫!大丈夫!」という感じで頑張っていたんですけど、新居浜に移住して、新居浜での生活にじわりじわりと慣れるにつれて「人間らしい生活って田舎じゃないとできない!」って思いました。

 

あとは、インターネットがあれば、場所に関係なく色んな仕事ができてしまうので、そういった意味でも都会にいる意味ってあまり感じられないなと思っています。

「行きたい。」と思うことはありますけど、周りのクリエイティブな人の話を聞いていても、色んなものがあるよりも、何もない!田んぼ!山!といった環境の方がなにかを生み出そうという創造性が出てきやすいんじゃないかと言っていたりして。

 

私の場合は、東京の情報過多な感じ…そこかしこで色んなイベントをしていたり、面白いことの連続が、なんか疲れてしまうというか。
そこにいるだけで何かやったような気になってしまうという所があったのかな、と新居浜に来てから思いました。

 

― (司会)先ほど“人間らしい暮らし”という言葉が出ましたが、新居浜と東京の暮らしはどういった点が違うと感じていますか?

 

私が東京から新居浜に移住しようと思った一番の理由は、子供を連れて東京で生活するイメージが湧かなかったという所なんです。

毎日、満員電車に乗って仕事に行っていたので、子供を連れてどこかに行く事を想像しても、「どうやって…?」というのがあって。ベビーカーを持って地下鉄の階段を上って…というのが全然イメージできなくて。
私の家族もいない、夫の家族もいない。仕事もある。

 

頑張らないと子育てできないのが東京だとしたら、新居浜は子どもがいて当たり前の環境、というのを感じますね。

東京での子育てで恐れていたこと…電車に乗れないんじゃないか、出かけるにも「うるさい!」って言われるんじゃないかとか…そういったことを新居浜で経験したことは一度もありません。

 

これは本当に本当なんですけど、妊娠中も、子供を産んでからも、新居浜で子供を連れていて一度も嫌な思いをしたことがなくて。

どこに行っても優しくしてくれたり、声をかけてくれたり、手伝ってくれたり…いい事しかないのが驚きでした。なにもストレスなし!

むしろ、子供連れでいることのメリットの方が大きいような気さえしています。

 

― (司会)東京で子育てをしている同世代の友達と話していて何か思うことはありますか?

 

相当バイタリティがないと東京での子育てはできないと思います。タフでいないとやっていけないことが多いな、と。

友達が何人も、都心で立派に楽しく子供を育てていますけど、「私にはとても無理。」と思うことが多くて。

保育園に預けて仕事をするでも、電車で通勤して、帰りは保育園に寄って、もう1人を別の保育園に迎えに寄って…。

 

それが当たり前と思ってやってしまえばなんてことないのかな、と思うんですけど、そもそも私自身が人間として能力が低いので(笑)。
子育てという、ものすごくタスクが増える状況を東京ではこなせないな、と思います。

 

 

― (司会)逆に、新居浜で不便と感じる所はどこでしょう?

 

インターネット環境くらいですかね(笑)。

私がパソコン1つ持っていれば、どこででもできる仕事をしているので、ちょっと飛び込んで仕事ができる所がもっとたくさんあったらいいのになぁ、と思うことがあります。
Wi-Fiが使えるカフェ、みたいな所が少ないですね。

 

新居浜はWeb関係に関しても、トレンドについていくのが全体的にゆっくりだと感じるんですけど、それは裏を返せばいい所だなとも思っていて。

新居浜の特徴として、紙のメディアや口コミがすごく強いというのを移住当初から不思議に思っていたんですね。
フリーペーパーや、ポスティングの媒体がものすごく信頼されている。

今はネットで即時的に検索できることが重視されますが、新居浜はそれよりももっと、生身のお付き合いに近い媒体に重きを置いているのかな、と。
そして、それは新居浜のいい所でもあるんじゃないかな、となんとなく思っています。

 

 

― (司会)今日、会場の皆さんにはレジュメと一緒にアンケートをお配りしていますが、事前の打ち合わせで髙坂さんからはWebアンケートをご提案頂いたんです。
僕は今あかがねミュージアムで働いていて、色々アンケートを取る機会があるんですけど、やっぱりまだ、紙のアンケートと鉛筆を配ったほうが皆さん書いて下さるだろう、というのが体感的にあったので、色々ご相談した結果、今日は紙のアンケートと鉛筆を皆さんにお渡ししているという経緯もあったりします(笑)。

 

そのお話しをしている時に石井さんが「僕スマホ持ってないんですよ。」と言われたのが紙のアンケートの決め手になったんですけども(笑)。

ここで会場の皆さんにお尋ねしたいんですけど、こういうアンケートって紙で書きたいですか?それともスマホでした方が気楽ですか?

 

…。

 

スマホが1割くらい…。

やっぱり紙のアンケートにしてよかった(笑)。

 

 

 髙坂さんの四国・新居浜での暮らし

 

― (司会)2012年に東京から新居浜に移住されて、嫌な思いもせずに新居浜で暮らしている髙坂さんですが、現在の1日の平均的なスケジュールを教えて下さい。

 

だいたい6時か6時半くらいに起きて、仕事のメールの返信などをしてから、朝ごはんの準備をします。

2歳の女の子と5歳の男の子がいるので、ご飯を食べさせ、支度をさせ、夫が2人を保育園に連れて行くのを送り出すのが8時半くらい。

そこから片付けをします。
最近始めたんですけど、ほうきで掃き掃除するのを毎日の習慣にしています。
私は自宅の和室を仕事場にしているんですが、朝に部屋を掃き掃除するとすごく爽快なんです。何かすごく清らかな人間になったような感じで1日を始められるので、最近は必ず朝掃き掃除するようにしています。

 

― (司会)掃き掃除というのがまたいいですね。和室だから。

 

そう!そうなんですよ。

そんなに広い家じゃないんで、ザーッと掃いて、全部お掃除して、仕事場のデスクの前に座れるのが、だいたい9時か9時半くらい。

 

― (司会)ちょっと話が脱線するんですけど。僕は今1本もほうきをもってないんですよ。
でもテレビで「京都の手仕事!」みたいな番組をしてると、すごくいい感じのおばあちゃんがすごくいい感じのほうきを作ってたりするじゃないですか(笑)。
そういうのを見るたび、「いいほうきの1本くらいは家にあった方がいいのかな」と思うんですが、ほうきってどうですか?

 

ほうきは最高ですよ(笑)。
やっぱり古き良き道具は素晴らしいです。

私、掃除が苦手で。掃除の何が苦手って、まず掃除機を出すのが面倒くさい。出す、重い、コンセントにさす、ガーってやる、その後コードをしまって掃除を元の場所に戻す…という、一連の作業がものすごく面倒くさい(笑)。綺麗好きの人は違うのかもしれないけど。

でも、ほうきだったら、かけているのを手に取って、サッサッサッサッサっと掃いて、ちりとりにとってポイっとできるんで、早いです。

 

― (司会)ハァ~~~(納得)。ほうき。

 

ほうき(笑)。

電気がなくても掃除ができるし、お茶殻まいたらきれいになるし(笑)。
皆さん是非、家庭に1本ほうきを(笑)。
ほうきはおススメです。

 

― (司会)なるほど。で、話を戻して…(笑)。
僕は会社に勤めていて、生活する場と仕事場が別なんですが、場所が変わるから生活と仕事のメリハリがついている所があるんですよね。
髙坂さんはご自宅が、生活の場でもあり、仕事場でもあり…ということで、生活と仕事のメリハリをつけるのが難しそうですが、その辺はどうですか?

 

それはもう、常に戦いです(笑)。

でも、数年こういう形でやってきて、少しはメリハリをつけられるようになったかな、とは思います。

 

夫婦でデザインの仕事をしているんですけど、以前は自宅の同じ部屋で仕事をしていたんですね。そうすると、話し掛けちゃったりして、すごくメリハリをつけにくい。なので、夫の仕事場を実家に移して、出勤するようにしてもらいました。

私は私で、自分で始業時間をある程度決めて、それまでに家事をすませてから仕事を始めるようにはしていますが…とはいっても、やっぱり自宅なので、ピンポーン♪って誰か来たり、「洗濯物干してなかった!」とかあります(笑)。

でも、おかげさまで色々忙しくなってきたので、1分1秒が本当に惜しくて、あまり時間を無駄にしないようにしています。

 

午前中が一番頭が働くので、何かの方向性を考えるとか、アイデアを出すというような頭を使う仕事は午前中にするようにしています。
急ぎの仕事がない限り、午前中は電話とかもほとんどとりません。

周りからのことをブロックして自分が集中できる時間というのを確保しないと、色々対応しているだけで時間がなくなってしまうので、そういう時間を意識的に確保するようにしています。

 

お昼は誰かと打ち合わせがてら食べに行くか、家で卵かけご飯を食べるか(笑)。

 

― (司会)卵かけご飯ですか(笑)。

 

卵かけご飯が多いですね。玄米ご飯に生卵と黒ごまと納豆をかけて食べるのが家のご飯です。

塩で食べることもあります。おいしい塩で。
あとは梅干を入れて、塩気を足さなかったり。疲れてる時は梅干をよく食べるように…なんかおばあちゃんみたいですけど(笑)。

 

家で食べるときはそういうヘルシーな食生活にするようにしていてます。
打ち合わせやアイデア出しがてら、気になるお店に行ってみたりもしますが、外に出ると結構ゆっくりしてしまうタイプなので、忙しい時はこもっていることが多いですね。
忙しい時は、もう卵かけご飯をキッチンで立って食べてる(笑)。

一応昼休みは12時から1時までと決めています。

打ち合わせとか、クライアントに会うとか、外に出る仕事は午後に入れるようにしています。

 

忙しくない日はだいたい4時くらいまで仕事をして、その後はご飯の支度をしたり、夫と連絡を取り合って、どっちが子供たちを迎えに行くか決めたり…。
夫の実家が家のすぐ近くにあるので、子供たちを迎えに行った帰りはほぼ毎日実家に寄って顔を見せています。

それで、家に6時くらいに帰って、夕飯を食べる。私はすごいお酒が好きなのでお酒を飲み。

 

9時くらいには子供たちと一緒に本を読んだり、家族団らんの時間を過ごして、寝かせます。忙しくない時は子供と一緒に私も寝てしまいます。
忙しい時は、子供と一緒に寝ずに1時くらいまで仕事をしたり、子供と一緒に寝て4時くらいに起きて仕事をしたりしています。

 

 

― (司会)なるほど。今はお仕事が生活の中心になっていると思いますが、最近一番楽しかったお仕事はどんなお仕事ですか?

 

そうですね。人と出会うことが大好きなので、新たな出会いは全部楽しいです。

経験豊富な訳ではないので、仕事として頼まれることもだいたいが初挑戦のことなんですね。
そういう初挑戦のことも楽しいです。
「こういうことはできるか?」とか「どういう風に広告を作ったらいいか?」という依頼も「チャレンジあるのみ!」なので、全部楽しい。

 

― (司会)人と出会うことが大好き、ということですが、新居浜に移住してから出会った方で「この人印象的だったなぁ。」という人はいますか?

 

新居浜に移住してから、本当にいろんな方と出会ったんですけど、やはり一番大きいのは「プロジェクトしこくらいふ」の幹部メンバーとの出会いですね。

 

新居浜に移住して2年目くらいから、「しこくらいふ」というブログを始めたんです。
その頃はまだ新居浜暮らしをそこまで楽しめてなかったこともあって、新居浜のいい所探しをしようと思って。四国・新居浜で暮らしていて、日ごろ感じる楽しかったこと、嬉しかったこと、美味しかったこと、を東京の友人だったり、色んな方に紹介しつつ自慢もしたい、みたいな(笑)。

そしたら、そのブログを見た方で「新居浜や四国の魅力を一緒に発信したい。」と言ってくださった方が何人かいたんですが、それが今の「プロジェクトしこくらいふ」幹部メンバーの人たちです。

 

 

八木メイさんは、福島から愛媛に移住された方で、今は松山でイラストレーターをされています。この方が一番最初に「是非一緒に四国の魅力を発信する取り組みをしたい。」とおっしゃって下さいました。

木村孝さんは、新居浜出身で、東京から戻ってこられた方。新居浜でフォトグラファーをされています。木村さんは「クリエイターとして、webのメディアで四国の魅力を一緒に発信していきたい。」と言ってくださった方です。

高田ともみさんは、新居浜出身で東京から戻ってこられた方。新居浜で「ママと暮らしのデザイン社」という市民団体の代表を務めながら、色々な活動をされている方です。

柳川あこさんは、大阪から新居浜に移住された方。フリーランスでweb制作をされている方です。

 

 

― (司会)新居浜に移住して私変わったな、という所はありますか?

 

新居浜に移住して、私生まれ変わったんじゃないかってくらい人が変わりました。

 

新居浜は、自然が豊かでありながら、買い物とかに困ることもないし、子育てもしやすくてストレスが少ない。
生きていく上でのストレスが多すぎるとなかなか元気がでないじゃないですか。
だから、新居浜に移住して、生き生きと暮らせるようになったなー、と思います。

 

…と言っても、新居浜に移住して2年間くらいはとても辛くて(笑)。
友達もゼロですし、妊娠中でお腹も大きいので、アクティブに動けないしお酒も飲めない。車の免許もない。初めての出産も控えている…。
移住したばかりの頃は、夫の実家に同居していて、家族はすごくよくしてくださったんですけど、「知らない環境…独りぼっち…東京の友達に会いたい…(泣)。」という感じでした(笑)。

 

子供が生まれたら生まれたで、喜びも沢山ありつつ、初めての子育てにてんやわんやで。もともとあまり友達を増やせるタイプではなかったので、結構引きこもってましたね(笑)。

 

でも、子供を育てながら暮らしていく中で、色んな方がとても優しくしてくれる。夫の家族も本当に良くしてくれる。
そうしているうちに、すこしずつ友達ができていき、仕事でも直接お客様とお会いしていく中で、自分の人間関係が広がっていったんです。そうしたら、新居浜での暮らしがとても楽しくなった。

子供が保育園に入って、仕事が出来るようになってから、本当に生き生きと暮らせるようになったな、と思っています。

 

 

― (司会)四国や新居浜で訪れた場所で「ここよかったな」という場所はありますか?

 

印象的だったのは、瀬戸内海ですね。

 

私は夫と結婚するまで愛媛には来たことがなかったんですが、新居浜に初めて来る時に瀬戸内海を電車で渡っていて、その穏やかさにとにかく驚きました。
私は新潟の、ものすごい荒波の、極寒の日本海を見て育ってきたので、「ここは湖か?」と思うような穏やかな瀬戸内海が一番印象的でした。

 

「こんな穏やかな海に囲まれて育ったら気質も穏やかになる。」と思いました。

 

 

― (司会)僕も5年間くらい鳥取に住んでいて、冬の日本海というのを見ていたんですけど、本当にあれはヤバいですよね(笑)。
波しぶきと、鉛色のどんよーりした感じが…。その点、瀬戸内側は温暖で島々もぽこぽこあって、なんか穏やかですよね。

 

同じ日本でも全く別の土地だな、というのをこの時感じました。

 

あと、新居浜で最初に夫が案内してくれたのが広瀬公園だったんですけど、とても美しくて今でもお気に入りの場所です。

 

あと、これはあんまり理解されないんですけど(笑)、広瀬公園から西の端の交差点の方に下りていく道を、夜車で通ると、夜景が見えるの分かりますか?あの景色がすごく好きなんです。
あの道を通っているときに、子供が「魔女の宅急便みたい。」って言ったんですよ。
その道は毎日通る道なんですけど、子供のその一言で、その景色がすごく好きになりました。
なんでもない景色なんですけど(笑)。

 

 

― (司会)そういう何でもない景色もいいですよね。素敵だと思います。
髙坂さんは「にいはまスパイスガールズ」という活動もされていて、色々食べに行ったり飲みに行ったりされていると思うんですが、新居浜で食べたもので「これは美味しかったなぁ。」という食べ物はありますか?

 

新居浜のグルメで一番おいしいのは、やっぱりふぐざくだと思っています。

 

ふぐざく
新居浜の郷土料理 ふぐざく。 ふぐの細切りにカワハギの肝、薬味を乗せ、ポン酢で食す。(写真は髙坂さん提供)

 

ふぐざくを一番最初に食べたのは、上の子の名付けの式をした時です。
おいしいものと一緒にお酒を飲むのが本当に大好きなので、もともとあん肝とか、肝系が大好きなんですけど、カワハギの肝に、もみじおろしと、柑橘のタレという組み合わせがすごく新鮮で。
「あぁ、これは旨い。」と。
私の両親も新潟から来ていたんですが、「これはおいしい。」と。

 

というのも、新潟だと柑橘を料理に使うということがあまりないんですね。なので、柑橘のタレの味がすごく新鮮だったんです。
愛媛は柑橘が豊富なので、こちらの方はあまり新鮮に感じられないかもしれないんですけど。

 

それ以来、毎年冬になったらふぐざくを食べたいなぁと思っています。
東京の友達にも「冬に新居浜に来てふぐざくを食べてほしい。」といつも言っております(笑)。

 

あとは高級柑橘ですね!
あれは私の知っていた柑橘とは別世界の柑橘です。

 

もともとみかんは大好きで「愛媛の人と結婚したからみかんには困らない!」と喜んでいたんですけど、私がみかんと思っていたものを遥かに超えるバリエーションの豊富さに驚きました。
「紅まどんな」とか「せとか」とかね。これはもう私の知っているみかんではない(笑)。

そういう、色々な柑橘が短い季節の中で次々に出てくる。柑橘ってこんなにバリエーション豊かに作れるんだっていうことに驚きました。

 

 

― (司会)ご出身の新潟と言えば、お米、コシヒカリ、っていうイメージがありますけど、こちらのお米はおいしいですか?

 

これがですね、「日本で一番おいしいのは新潟のお米だ。」と思ってたんですけど、新居浜や西条のお米もとてもおいしいんです(笑)。
「やっぱり新潟のお米しかダメ!」って思うかな?と思ってたんですけど、そんなことはありませんでした(笑)。

 

― (司会)なんか言わせたみたいですみません、ありがとうございます(笑)。

 

 

髙坂さんのこれまでとこれから

 

― (司会)髙坂さんは子供の頃の夢はなんでしたか?

 

私は一人っ子で、両親が割と歳いってからの子だったので、自分の世界に入るような幼少期を過ごしていて。
本を読んだり絵を描いたりするのが好きで、作家か漫画家になるのが夢でした。

漫画は、描いたりお話を作ったりというのが好きで、一番最初の夢はそこかな。
漫画家は途中ですぐ諦めちゃったけど(笑)。「これは難しすぎる!」と思って(笑)。

 

何か、アイデアを出す仕事をしたいと漠然と思っていたというのはあります。
なんでも浅くしてしまうようなタイプだったので、「これ!」と突き詰めることはなかったんですけど。
母が美術教師をしていて芸術家だったり、両親が骨董好きで美術品やがらくたに囲まれた生活だったりしたので、なんとなく「創造性を求められるような仕事がしたいなぁ。」と思っていました。

 

 

― (司会)では、将来についての質問なんですが。
少子高齢化社会ということで、2040年とか2045年の人口予測が1億人を切って、「そろそろ日本も曲がり角なんじゃないの?」みたいな論調もありますよね。
そんな中、新居浜市の人口も2040年には今の人口12万人の25%が減ってしまうという推計が出ています。
2040年と言えば、およそ20年後。高坂さんは50代になっているくらいに、新居浜はどうなっていて欲しいですか?

 

出生率の高さは保っていて欲しいなぁ、と思います。
子育てのしやすさという、新居浜の良い所をもっと手厚くしていって「沢山子供を産みたいから新居浜にきた!」というような町になっていたらいいなと思います。子供が生まれるっていうのは、やっぱり一番いいことですから。

 

私の子供が通っている保育園でも、子供が4人とか5人とかいる家庭が珍しくない。しかも、そういう家庭のお母さんが楽しそうだし幸せそうなんですよね。

新居浜で、すごくきれいなお母さんや、生き生きしてらっしゃるお母さんを沢山見て、「あぁ、ここだと子供を育てながらこんなに幸せに暮らせるんだな。」と日々感じているので、これからもそういう町であって欲しいと思います。

 

― (司会)新居浜で生まれ育っているお子さん2人には、どういう風に育って欲しいですか?

 

どういう風に育って欲しいと思うのも申し訳ないというか…。
瀬戸内海に抱かれた、この温暖な気候の中で伸び伸びと育って欲しいな、と思いますね。

 

でも、どこかで一回「新居浜を出たい!」と思って、外の世界をいっぱい見て、また戻ってきたらいいかな、とは思います。新居浜がもうずーっと好きだったらそれでもいいと思いますけど。
一度いろんな所を見てくると、よりよく見えることもあったりするので。
一回「新居浜なんてもういや!」ってなって、都会に行ったり、海外に行ったりしていろんな世界を見て、「あぁやっぱり自分のふるさとは素晴らしかったな。」と戻ってきて、地域のために何かしたいと思ってくれたらすごく嬉しいですね。

 

 

― (司会)髙坂さんは一度「どうしても東京に出たい!」と思って東京で暮らしてどうでしたか?

 

新潟って、意外と東京と近くて、新幹線だと2時間半くらいで行けてしまうので、小さい時から割とよく東京に行ってたんですね。両親も大学は東京に行ってて戻ってきた人たちなので、東京は割と身近ではあったんですけど。
その刺激を受けられたのは、自分の人生の中で必要なものだったな、と思っています。

 

ただ、実際に暮らしてみると、思ったより生きていくのがしんどい所だった、というのが正直な所です(笑)。
電車通勤や、いろんなお客さんのいる大きな会社で働くことや、どこかみんなが急いでいる中で生活すること…。生活しているだけで疲れてしまうことが結構あったかな、と思います。
でも、その疲れがあまり意識に上がってこずに蓄積されていったような所があって。

 

なので、新居浜への移住の話が出た時も「いや、私は東京にいたい!」という気持ちが最後まであったんですけど、それはもうただの執着でしかなくて、全然東京暮らしを楽しめてはいなかったですね。

 

でも、東京でのそういった経験があるからこそ、今、新居浜での生活にいい所を沢山見出せているんだと思います。

 

― (司会)髙坂さんがこれからやりたいことや、やろうとしていることを教えてください。

 

新居浜に移住して、最初の頃は友達もいなくて辛かったけど、人と出会ったり、いろんな方に優しくしてもらったりして、すごく楽しく暮らせるようになった。
そういう、私がこれまでしてもらってきたことを、今度は私がしていきたい、というのがあります。

私が、新居浜での暮らしが楽しくなったきっかけは、人との繋がりができた、というのが大きいので、そういう場を作れる人になりたいなぁ、と。

 

一言でいえば、新居浜暮らしを楽しくするきっかけづくりをなんでもやる!(笑)できれば仕事にしたい。

 

コミュニティの旗揚げの部分とか、「こういう人たち集まって~。」みたいなこととか、そういうことを私がすることで、新しい人との出会いや、新しい情報との出会い、新しい仕事との出会いなんかを作ったり、何か一歩踏み出すお手伝いが出来たらなぁ、と。

 

「新居浜の暮らしを楽しくしたい。」という思いの根本には、自分が新居浜で楽しく暮らしたい、というのがまずあります。
今はもう自分が楽しく暮らさせてもらうようになったので、周りの人がもっと楽しく新居浜で暮らせるようになったら、私もより楽しいし、みんな嬉しい。
そういうことを考えて、つたないながらも色んなことをしております。

 

 

― (司会)出会いという意味では、このトークイベント後に企画して頂いた交流会も出会いの場になりますね。是非、皆さんには、この後も残っていろんな方といろんなお話をして頂ければと思います。
それでは、トーク本編はここで終わりにしようかと思います。

髙坂さん、本日はありがとうございました。

 

ありがとうございました。

 

 


 

髙坂さんの話に何度も出てきた、「出会い」「繋がり」そして「楽しい」という言葉。

 

私はこれらが、生き生きと、自分らしく、日々を生きるために必要なことなのだと感じた。

 

何を「楽しい。」と感じるかは人によって千差万別だ。
それはつまり、人は受け身でいては楽しくあれない、ということだ。

 

髙坂さんは、日々の暮らしの中に「楽しいこと」、「素敵なこと」を沢山見出している。

苦手な掃除を楽しんでしまえる魔法の道具、ほうき。
仕事で忙しい日に食べる、おいしいお塩で味付けした卵かけご飯。
新居浜暮らしを楽しめなかった頃、新居浜のいい所を探そうと始めた「しこくらいふ」。
毎日通る「魔女の宅急便みたいな」なんでもない風景。

 

アンテナを立てていなければ見過ごしてしまいそうな所に、「楽しいこと」や「素敵なこと」を見出す能動性が、「なんでもない退屈な日々」を「生き生きとした日々」に塗り替えるのだ。

 

 

そして、人との「出会い」と「繋がり」。

これらが、自分らしく日々を生きるのに必要不可欠なものなのだ。

 

「人との関りの中では自分らしくいられないから、人と関わることが億劫だ。」という空気がどこか漂う現代において、人との出会いと繋がりこそが自分らしくいるためには必要だとは、逆説的に聞こえるかもしれない。

しかし、人が自分らしさを発揮するのは、人との繋がりの中をおいてほかにあるまい。

 

人との繋がりの中で、能動的に発した言葉、能動的に取った行動。
それらの軌跡が形作るものが「自分らしさ」なのだ。

 

つまり、人との繋がりの中で、結果として浮き出してくるものが「自分らしさ」なのだ。

 

 

トークイベント会場は、髙坂さんが新居浜で作り上げてきた人との繋がりに溢れていた。

 

新居浜で自然派料理研究家として活躍されている森田まどかさんによる玄米おむすび。

新居浜のフラワー&プランツRacine 和田恭子さんによる会場装花。

Another-West 土岐祐生さんによる写真や動画撮影。

トークイベント広報に協賛した方やショップのチラシを置くスペース。

「にいはまスパイスガールズ」のオリジナルグッズ販売。

トークイベント後の交流会。

 

人と出会い、繋がり、楽しむ。

髙坂さんの新居浜での暮らしをそのまま体現したようなイベントだった。

 

 

冒頭の問いに戻ろう。

「モノはなんでもある。その上でどう暮らせば幸せに生きられるのか?」

 

今回のイベントで私が見出した、この問いに対する答えは、
「人と出会い、繋がり、楽しもう。」
だ。

 

物質的豊かさを追い求めた時代に、精神的豊かさはなかったのだろうか?
そうではないだろう。
人との繋がりという精神的豊かさの土台があったからこそ、物質的豊かさは幸せとなり得た。

しかし、いつからか、物質的な豊かさと精神的な豊かさが逆転してしまった。

精神的な豊かさの上に物質的な豊かさを築くことはできても、物質的な豊かさの上に精神的な豊かさは築けないのだ。

 

人と出会い、繋がり、楽しむ。

言葉にすればありふれていて、とても簡単なことに思える。しかし、それは言葉から受ける印象ほどたやすいことではない。

人は皆、人との関わりの中で多かれ少なかれ傷を作りながら生きている。
人と繋がるということは、その傷を抱えてなお、己の柔い内側を人に開くということである。これは、端的に恐怖だ。そして、その恐怖を避けて逃げ込む先には事欠かない時代だ。

だからこそ、安心して心を開く場が求められている。
「なんか楽しそう!」と気負わずに飛び込み、「気付けば心を開いて人と繋がっていた!」という場が求められているのだ。

そういった場が、都会にあるモノ、田舎にあるモノを活かす土台となる。

 

髙坂さんが作る四国・新居浜の場がどんな繋がりを作り出すのか。
とても楽しみだ。

 

(構成・文:鈴木萌子
(写真・動画撮影:Yuma Toki <Another West>)